今になってブログを始めた理由

小中学生の頃にもブログを書いていた事はありました。fc2とか忍者ツールズとか。内容はあまり覚えてません。当時好きだった漫画のファンサイトみたいなものも作っていたので、多分そうした趣味について語っていたのだと思います。

nishina

平成のネット黎明期を思い出されます
前略プロフ…うっ…頭が…!!!

自己表現の場所として、ブログを書いてみるものいいかもしれない。と、大人になってからも考えることはありました。ただ、そこまで意欲的だった訳ではなかったので、実行に移ることはありませんでした。

重い腰を上げるきっかけになったのは、ペットロスです。

育てていたベタ(熱帯魚)が今年の夏、星になりました。ブラックのクラウンテールで、優雅に泳ぐ姿が素敵な個体でした。

状況から見るにおそらく寿命だったと思うのですが、日を追う毎に動きが鈍くなっていく様を、ガラス越しに見守ることしか出来ないのが悲しかったです。覚悟はしていましたが想像以上に堪えました。

ある日、仕事を終えて帰宅すると、水槽の底に沈んでゆらゆらとしていました。

きっと今日なのだろうな…と「よく頑張ったな」と声をかけました。それから程なくしてベタは動かなくなりました。

nishina

荒々しくご飯を食べる子でした

命を最期を見守っている時に思ったのは「もっとたくさん元気な姿を形に残しておけば良かったな」という後悔です。振り返ってみると、写真や動画をあまり撮っていませんでした。もちろん記憶として「彼が生きた証」はこの心に残りますが、やっぱり形としても残せたら良かったな、と。

庭にベタのお墓を作りながら「命」について考えました。

もっと言うと、出来ればあまり考えたくない「死」について。

この5年の間に祖父母4人がみんな天に旅立っていきました。あまりにも立て続けだったので、実感も湧かず、なんだか葬儀にも慣れてきたな…なんて考えたりしてました。今になって思えば、感覚が麻痺してたのかもしれません。

気持ちの整理がついてくると途端に悲しくなりました。もっとたくさん会いに行けば良かった…もう会えないんだな…という事実に、心に穴が開いたような感じがしました。

それから、自分の中にある死生観が大きく変わりました。

毎日普通に過ごしているこの時間も当たり前なんかじゃないんだ、と強く思うようになりました。もっともっと「生きていること」を大切にしようと考えるようになりました。

正直、以前は「自分の命」すら若干軽視している節がありました。

nishina

これは本当によくなかったと反省してます…

我が家で元気に暮らすエマとリゼにも、いつかは必ずお別れの日が来る。改めてそれを考えた時、今のこの瞬間をちゃんと大切に残していこうと思いました。

写真も動画もたくさん撮ろう。ここで文字としても残そう。生きた証を。命を。

もちろん、どれだけ一生懸命ここに刻んでも、この広い世界の何処かに居る誰かの目に留まったとしても、その人にだって終わりが来る。永遠に語り継がれるなんてことはない。だから必ずいつかは途絶える。誰だってそうだ。みんな同じ。私にも終わりは来る。そうなればここだって消えてなくなる。

それでも、エマとリゼを見た人の心を少しでも動かせたら、私だけじゃなく、他の誰かの心にも触れることが出来たのなら、それはエマとリゼが生きた意味になる。例え永遠じゃなくても「生きた証」と言えると思う。

だからこそ、彼女たちが生きた意味を、少しでも大きなものにしたい。エマとリゼが成長していく様子を伝えていきたい。私たちがここで暮らしていることを伝えていきたい。

うーん、我ながら気持ちが重いな。長文失礼しました。

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